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失敗しても構わない―復興の現場・南相馬に飛び込む<後編>

大阪から被災地の福島県南相馬市へ飛び出してきた、会計士の杉中氏。前編に続いて今回の後編では、農業ビジネス、そして彼の理想とする世界について想いを語ってもらいました。

20160406_2_1.png南相馬ソーラー・アグリパーク(福島県南相馬市)


岩佐)一般社団法人あすびと福島(前記事参照)だけでなく、南相馬復興アグリの方でも、杉中さんは経営補佐として働かれているんですよね。先ほどトマト菜園のハウスへも行ってきましたが、とても大きくて立派なハウスでした。

杉中)実は、あの大規模トマト菜園は2015年の12月にスタートしたばかりなんです。南相馬復興アグリは、農業経営人材の育成を目的としてトマト菜園を運営する会社です。カゴメが技術支援、全量買い取りを行います。ありがたいことに、毎週のようにカゴメの社員が指導に来てくれています。

この3月が初出荷なので、僕も今月はほぼ毎日あちらに行っていますね。売上をどう作るか、どう生産性を上げるために人材を育てるか、ということを日々考えています。

岩佐)あれだけのハウスを建てるのに、資金はどうされているんですか?運転資金もいるでしょうし。

杉中)土地は市の工業団地を買いました。土地・建物への投資額は約11億円で、うち7.5億円は経済産業省の補助金、残りの3.5億円は銀行借り入れで賄っています。これ以外に日々の運転資金がかかりますが、それは半谷個人、カゴメ、ヨークベニマル、電通、三菱商事復興支援財団などからの出資が中心です。

一から菜園を運営するというのは本当に大変ですね。加えて、スタッフのトレーニングはこれからなので、人が育つのもこれからです。

岩佐)よくわかります、GRAもそうでしたので。3年目くらいまではキャッシュはずっとマイナスで、今年やっと均衡してきました。これからどんどんキャッシュが減っていく可能性がある中で、いかに生産性を上げるか、人を育てていくか。何か目標は設定しているんですか?

杉中)栽培面積は1.5ha(15,000㎡)あって、年間収穫量は660t(1t=1,000kg)を目標にしています。トマトが一番取れるのは3月終わりから6月終わりにかけてなので、そこが一番勝負ですね。人がまだまだ慣れてない段階で勝負の時期を迎えるのはとてもチャレンジングです。

岩佐)今はカゴメが買い取りをしていますが、自社で値段を決められないジレンマはありますか?いずれは独自のブランドを作ることを考えているんでしょうか?

杉中)ジレンマというより、立ち上げ期の新規事業にとって、全量買取りほどありがたいことはありません。地元のスーパーのヨークベニマルでは、すでに「あすびとトマト」というオリジナルブランドで販売されています。「明日の福島の農業を担う人々がつくったトマト」という思いを込めています。
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あすびと福島 杉中氏

岩佐)半谷さんはものすごくカリスマ的な方ですし、この会社も福島の希望としてとても注目を集めていると思いますが、ここで働くことに対してのプレッシャーは感じますか?

杉中)日々のことに没頭していると、感じる暇がないですね。僕は目の前のことを一生懸命やるのみかなと。

岩佐)半谷さんのすごさはどんなところでしょうか。

杉中)僕自身の言葉ではないのですが、「半谷は、経営をアート的な感覚でやっている」と言った人がいます。思い付きのようにも見えるアイデア・判断が、いつの間にかしっかりビジネスの形になっている。そこが彼のすごいところです。

僕も岩佐さんに聞いてみたいことがあるのですが、岩佐さんは経営をする上で、「PDPDPDCA」とよく言われますよね。それについて詳しくお聞きしたいです。

岩佐)例えばイチゴ作りは1周するのに20か月もかかります。親株を育ててそこから子苗を採ってそれを育ててハウスに定植する。つまり少なくてもビジネスを一周させるのに一年以上かかるわけです。そこが工業製品との一番の違いで、リードタイムが長い。従って失敗したとしても、あるいは成功したとしても、それを次に生かすまでに時間がかかるわけです。だから時間を節約するために打ち手の数を多くすることがとても重要なんです。

杉中)走りながら考えるということですね。




岩佐)杉中さんは大阪から東北へ来て、活躍できている感覚はありますか?

杉中)まだそこまで至ってないですね。日々、壁にぶちあたっています。

岩佐)生きがいや充実感はどうですか?

杉中)これまで自分がいた世界とは全然違うのですが、来てよかったです。監査法人ではできない経験をさせてもらっているので。こちらの方が子供からシニアの方まで、話をする相手の幅が広いのが、とても面白いですね。これまでは会計の世界の専門用語で話すことがほとんどでしたが、ここで色々な方と話すことは、凝り固まったバイアスをほぐすような感覚です。立ち上げ期にあるトマト菜園を安定化させるところまで持っていければ、一段上のやりがいを感じるのかもしれませんね。

岩佐)自分の業界の専門用語が通じない方と話すのは、最初はストレスだと思いますが、様々な方と話すことがどうして面白いのでしょうか。

杉中)極端な言い方ですが、僕は、専門家がいない世の中を考えることがあります。人工知能で弁護士の仕事の一部ができるくらいの時代になってきているので、専門家の役割は変わりつつあります。一方で、もし専門用語を使わない普通の言葉で誰もが理解できるような世界になると、複雑な問題に対して多くの人が自分で考え、行動して問題解決できる幅が拡がる。
僕は出向前はアカウンティングファームで働いていたわけですが、会計プロフェッショナル以外の立場でも社会と関われないかとずっと考えていました。だから今の立場にとても感謝しています。出向という形でチャンスを与えてくれた会社にも、受け入れてくれた半谷にも。

岩佐)考えてみれば宮城と福島は隣同士で、これから連携できることもたくさんありますね。地域創生で大事なことは各地域で囲い込むことではなく、連携と共創が大事だと思っています。これからも共有できるものを共有して、一緒に農業や東北、日本を盛り上げていきたいですね。






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杉中 貴(スギナカ タカシ)1984年滋賀県生まれ。関西の大学を卒業の後、縁の下の力持ちとして社会に貢献したいとの思いから公認会計士に。2015年7月、会社へ直談判をし、あずさ監査法人から一般社団法人あすびと福島へ出向。福島の復興のため、日々壁にぶちあたりながらも邁進中。謙虚で丁寧な人柄の中に熱い思いを秘める。


失敗しても構わない―復興の現場・南相馬に飛び込む<前編>

20160406_1_1.pngあすびと福島 杉中貴氏


震災から5年が過ぎた。宮城県山元町から福島県の沿岸部へ、あれから5年で何が変わったのか、そして何がそのままなのか、そんなことを感じる旅をした。そこで出会った一般社団法人あすびと福島の杉中貴さんを紹介する。




岩佐)そもそも杉中さんはどういう経緯で、こちらで働かれているのですか?

杉中)もともとは大阪であずさ監査法人に勤務していましたが、2015年7月から出向という形であすびと福島に来ています。きっかけは2014年12月に南相馬を訪れ、代表の半谷と出会ったことです。このときに、復興を本当の意味で進めるため、南相馬に飛び込んで半谷の手がける復興事業を後押ししたいと思い、会社に直談判して2年出向させてもらうことになりました。僕は生まれた時からずっと関西に住んでいたのですが、気がついたら東京を飛び越えてここまで来ていました。

岩佐)それは思い切った決断をされましたね。実際に来てみてどうですか?

杉中)まず来てみて、高齢の方が多くて驚きましたね。南相馬は震災後には高齢化率が25%から35%になり、日本の課題を先取りしたと言われています。いわゆる若者や働き盛りの年代が少なく、病院や飲食店、コンビニなど、多くの職場で働き手の確保に苦労しています。震災後にスーパーや飲食店が閉店したままなのは、働き手が確保できないからと言われている。一方で、お店で元気に働くシニアの方々がいらっしゃる。そういったことに驚きました。

岩佐)今どんな仕事をされていますか?

杉中)一般社団法人あすびと福島という社団に所属し、南相馬ソーラー・アグリパークで人材育成に携わっています。この場所は南相馬市の市有地で、あすびと福島の姉妹会社である福島復興ソーラー株式会社が建設した太陽光発電所と、市が建設し地元の農業生産法人が運営している植物工場があり、自然エネルギーと農業の融合した新たな産業を作っています。この南相馬ソーラー・アグリパークを舞台に、小中学生向けの自然エネルギーをテーマとした体験学習や高校生のためのスクールを開催し、福島の復興のために若い社会起業家を育てることを目的としています。
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南相馬ソーラー・アグリパーク(福島県南相馬市)

また、南相馬復興アグリ株式会社という、農業経営人材の育成を目的としてトマト菜園を運営する会社にも関わっています。あすびと福島や福島復興ソーラーと同じく半谷が代表を務める会社で、そこでは僕は会計士の知識と経験を活かしてお金の管理をサポートしています。

岩佐)南相馬ソーラー・アグリパークは、あすびと福島が主催するスクールで使われているんですよね。あすびと福島はどういう形で人材育成をしているんですか?

杉中)オープンから3年間で地域の子どもたち2200名が、学校の総合学習の一環でパークの体験学習を楽しんでいます。体験学習プログラムの作り込みは、職業体験型テーマパーク「キッザニア東京」の運営会社KCJ Groupの支援を受けています。
僕たちは、自然エネルギーの体験を通して、単に知るだけでなく「自ら考えて行動する力を育む」ことが大切だと考えています。

高校生を対象とするスクールでは、実行することを大事にしています。実際に、「高校生が伝えるふくしま食べる通信」は福島の風評被害をなくしたいと考えた高校生が発案して生まれたアクションです。
社会的事業を行う先輩に憧れる後輩が、自分もそうなろうと努力し、社会的事業に挑戦する。社団は、この「憧れの連鎖」を創ることを目指しています。

岩佐)「憧れの連鎖」は素晴らしい取組ですね。企業向けにはどのような研修をしているんですか?

杉中)企業研修では、この2年間で1000名を超える方々が南相馬を訪れています。例えば三菱商事では新人全員を、凸版印刷では若手からマネジメントまで様々な層を対象に、日本の課題を先取りした南相馬でのフィールドワークを通じた実地調査や課題分析、復興事業プラン策定といった研修をしています。企業研修は半谷の繋がりで広がっていて、講義も半谷が行っています。僕たちスタッフはサポートが中心ですが、企業の社員と地元の復興リーダーとの真剣な意見交換の場に立ち会う¬ことは僕たちにとっても南相馬に改めて向き合う機会になっていますし、社員の皆さんが考え抜いて作り出す事業プランによって、新たな価値が南相馬に生まれていることを実感します。
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左:GRA 岩佐  右:あすびと福島 杉中氏

岩佐)半谷さん自らが研修に立たれるなんてとても贅沢ですね。僕も受けてみたいです。ところで、社団としての課題は何かありますか?

杉中)寄付が少なくなっても事業が回るようにしないといけないなと思っています。研修事業の拡大です。最近ではグロービス経営大学院のケーススタディであすびと福島の復興事業を取り上げていただきました。社団の活動資金が事業収入で賄えるよう、僕たちスタッフも次の仕組みを考える必要があります。

岩佐)都会から地方へ行きたいと思っても踏み切れない方は多いと思うんですが、そういった方たちに地方へ来ることをお薦めはできますか?また、東北で働こうかと思っている人へのアドバイスはありますか?

杉中)地方へ来ることを薦められるかどうかは、その人の来る目的や期間にもよると思います。僕は「復興の現場に飛び込んだ」というニュアンスに近く、具体的にやりたいことまで明確にしてきたわけではないのでアドバイスできる立場にはないですが、行動することが大事なのかな、とは思います。

岩佐)思い立ったらとにかくジャンプすることが大事、ということですね。おそらく脱ステップ論のような考え方だと思いますが、どうすればジャンプできるでしょうか。

杉中)失敗しても構わないというメンタリティをどう持ってもらえるかだと思います。仮に失敗しても何とかなるだろう、と思うぐらいでちょうど良いんじゃないでしょうか。あとは、最初に明確なミッションを周りで用意することも大事かなと。知らない環境で最初に居場所を作るのはなかなか難しいですから、ミッションの実現を通して徐々に入っていければ良いかもしれないですね。




杉中さんは、初めての土地に飛び込み、日々、小さくても実績を積み重ねながら奮闘している。そんな姿がとても頼もしかった。イノベーションらしきことは異質なもの同士の衝突によって生み出されることを忘れてはいけないと思う。





杉中 貴(スギナカ タカシ)1984年滋賀県生まれ。関西の大学を卒業の後、縁の下の力持ちとして社会に貢献したいとの思いから公認会計士に。2015年7月、会社へ直談判をし、あずさ監査法人から一般社団法人あすびと福島へ出向。福島の復興のため、日々壁にぶちあたりながらも邁進中。謙虚で丁寧な人柄の中に熱い思いを秘める。

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プロフィール

岩佐大輝

Author:岩佐大輝

1977年、宮城県山元町生まれ。株式会社GRA代表取締役CEO。日本、インドで6つの法人のトップを務める起業家。 詳細はこちら≫

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