岩佐大輝.COM

旅するように暮らそう!

そして、生活するように旅をしよう!起業家、岩佐大輝の記録。

「食で活躍する人材、より多く」岩佐大輝氏 農業生産法人GRA代表

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東日本大震災直後の2011年夏に故郷の宮城県でイチゴ栽培プロジェクトを起こした岩佐大輝さん(42)。IT(情報技術)活用や食のブランド化で成果を上げながら、さらに農業がサステナブルな魅力を持つ産業へ変革することに挑んでいます。

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【岩佐大輝】チェンジマネジメントで未来を作れ。逆境をチャンスに変える思考術[NewsPicks]


コロナ危機、座して死を待つのではなく、もがいてあがいて打てる手を打ち尽くすのが危機における真のリーダーシップだ。考えまくって、没頭して、とにかくやれることは全部やろう。もし越えられなくても平時に戻ったときに必ず道が開けるはずだ。久しぶりにNewsPicksさんと。

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台湾在住サーファー清水淳×岩佐大輝 対談~移住の地・台湾で追い求めるスタイルとは~

あたたかな日差しが降り注ぐ台湾サーフィンの聖地, 台湾台東県・東河郷。日本人でありながらこの地に移住し、サーフィンのパイオニアとして東河郷で活躍する清水淳さんに会ってきた。サーフィン好きどうし、どんな話ができるかドキドキだ。

台湾台東県、東台湾ホテル&レストラン熱帯低気圧にてGRA代表岩佐(右)とLowPressure restaurant & surf guesthouse熱帯低気圧 代表清水淳(左) photo by DRAGONPRESS沼田孝彦東台湾ホテル&レストラン熱帯低気圧にてGRA岩佐 photo by DRAGONPRESS沼田孝彦


岩佐) いやー、久しぶりですねー。台湾には20年ほど前から仕事でちょくちょく来るようになったのですが、ここ数年、農業を始めてからは頻繁に来るようになりました。もちろん、出張に合わせて必ず海に入っています。台湾、特にここ台東の波は本当に素晴らしい。サイズもパワーも形もどれもパーフェクト。で、清水さんが、最初に台湾に来たのはいつでしたっけ?

東台湾ホテル&レストラン熱帯低気圧にてGRA岩佐 photo by DRAGONPRESS沼田孝彦東台湾ホテル&レストラン熱帯低気圧にてGRA岩佐 photo by DRAGONPRESS沼田孝彦


清水) 22歳の時です。僕が行っていたアメリカ・ロサンゼルスの音楽大学には世界中から留学生が集まっていたのですが、その中で僕は台湾人の留学生グループに入っていました。台湾人グループの人たちは面白くて、とりあえずみんな優しかった。そこで台湾という国のことを知りました。卒業して日本に戻ってきてから、台湾に遊びにいこうということになって。それが最初の台湾です。

岩佐) アメリカにいたんですねー。どうりで英語が上手だと思った。大学卒業後は何をしていたんですか?

清水) そのあと4年間は東京で音楽関係の仕事をしていました。仕事は真面目にやっていましたが、自分には東京が合わないと感じ、こりゃダメだと思って(笑) 仕事をしながらも年に2回くらいは台湾に来ていました。とりあえず台湾が面白いと思っていたので、それから本格的に台湾に移りました。

40歳を過ぎてからエアリアルの練習を始めたという清水さん photo by DRAGONPRESS沼田孝彦40歳を過ぎてからエアリアルの練習を始めたという清水さん photo by DRAGONPRESS沼田孝彦


岩佐) そこから台湾でサーフィンやり始めたのですか?

清水) 初めて来たときから、なぜかサーフボードは持ってきていたんです。アメリカでもやっていたので、できるだろうな、と思って。当時、台北・ハネムーンベイというところにサーフショップがあるという情報を唯一ゲットし、台湾にはじめてサーフィンを持ってきたジェフさんという人を訪ねました。それでジェフさんにサーフィンができる場所を教えてもらいました。海にだれもいなかったので、素っ裸でサーフィンをしたのを覚えています。

岩佐) 気持ちよさそうですね。当たったら痛そうだけど・・・。

清水) はい。近くに店が建つまでの3~4年間はよく素っ裸でサーフィンしていました。

岩佐) 当時は台北に住んでいたんですか?

清水) そうですね。26歳の時に「俺は台湾で暮らしていける人になろう」と決めました。東京での生活は当時月収が20万円くらいで、世田谷にアパートを借りて生活していました。でも毎日カツカツの生活。台北なら7~8万円あれば当時は東京と同じような生活ができたんです。だから台湾のほうが暮らしやすいなと思って、移住を決意しました。そのためにビザを取る必要があったのですが、僕がビザを取るには学生になるしかなかったので、台北の師範大学という語学に通って中国語を勉強しながら、音楽学校で楽器を演奏するアルバイトをしていました。そのアルバイトは当時でも時給500台湾元(当時約2000円)。ライブに出ると1時間で2000台湾元くらい。結構稼ぐことができたので、良い暮らしができましたね。

岩佐) 中国語を勉強しながら、アルバイトをして、サーフィンをする生活だったんですね。

清水) はい、得意の「フラフラしながらの生活」でした(笑)
そんな生活を1年くらいしていた時に、台北でレゲエのバンドに誘われました。当時まだ台湾でレゲエが浸透していなかった中で、そのグループに人気が出てきて、台湾各地をまわるツアーにいくようになったんです。それがきっかけで台東県・宜蘭にも来るようになりました。でも宜蘭の雰囲気があまり好きになれなかったんですよね。

LowPressure restaurant & surf guesthouse熱帯低気圧 代表清水淳さん photo by DRAGONPRESS沼田孝彦LowPressure restaurant & surf guesthouse熱帯低気圧 代表清水淳さん photo by DRAGONPRESS沼田孝彦


岩佐) それはなぜ?

清水) 台湾は親日の人が多いのですが、宜蘭は割とローカリズムが強い場所だと思ったんです。

岩佐) そうなんですか。僕もたまに宜蘭に波乗りに行きますが、冬場は波のパワーも波数も十分で、いいエリアですよね。

清水) 当時の宜蘭は暴力事件ばかりでした。危なかったです。騒いだりする外国人がいると、現地人10人くらいが囲んでボコボコにする、なんていう事件がよく起きていました。

岩佐) それは、すごい時代ですね…。

清水) そう。原住民に対しての悪い噂もよく聞いていました。でも、初めて台東の原住民の人たちの集落に行ったとき、それまで持っていたイメージが大きく変わりました。原住民の人たちのほうが自分は合うし、こういう生活がしたかったんだ、と思ったんです。みんな自給自足に近い生活をしていて、レゲエの価値観とも近かった。それで自力で住み始めて、結婚もしちゃいました。

岩佐) そうなんだ。奥さんは台東の人?

東台湾ホテル&レストラン熱帯低気圧にて淳さんの弾き語りにあわせ一緒に歌を歌う会計中だった奥様 photo by DRAGONPRESS沼田孝彦東台湾ホテル&レストラン熱帯低気圧にて淳さんの弾き語りにあわせ一緒に歌を歌う会計中だった奥様 photo by DRAGONPRESS沼田孝彦


清水) 台東の山の人です。ブヌン族出身。ブヌン族の集落で音楽イベントをやっていた時に知り合いました。ブヌン族の村の人はすごくて、原住民のテーマパークみたいなものを作って運営していたんです。歌と踊りのステージをやったり、畑で採れたフルーツを使って加工品を作って売り物にしたり、雑貨を作ったり、色んなものを作っているんです。普通だったら地元には仕事がないから、若い人は村から出ていくじゃないですか。でもそうじゃなくて、彼女の村の人たちは自分の土地で暮らしていけるシステムを作っている。僕はそこに影響を受けました。僕が台東に住み続ける理由です。

岩佐) それは意外ですね。ここは波が素晴らしいから、そのためにいると思っていました。僕も世界中どこに行ってもサーフィンをするのですが、ここ台東の波は素晴らしいですよ。

清水) 僕は波を求めて世界中を回っているんじゃなくて、音楽とライフスタイルのために回っているんです。自分の見える半径1キロ以内で生活の大部分を賄うっていうライフスタイルを自分は求めていたんですよね。

東台湾ホテル&レストラン熱帯低気圧の目の前にある海辺にてカメラを向けると必ずなにかしらポーズを取ってくれる photo by DRAGONPRESS沼田孝彦東台湾ホテル&レストラン熱帯低気圧の目の前にある海辺にてカメラを向けると必ずなにかしらポーズを取ってくれる photo by DRAGONPRESS沼田孝彦


台湾で出会った原住民の人たちから強く影響を受け、台東での暮らしを始めた淳さん。次回は淳さんが経営する民宿の話も聞いていきます。


<次回 異質に対する寛容さが魅力あるローカルを創る に続く>

#1 岡崎富夢×岩佐大輝  「日本でいちばん屋上を愛する男」のその後に迫る

透き通るような青い海と南国の空気が心地よい。ゆっくりと時が流れるこの地で辿り着いた場所は沖縄県恩納村。車を降りると海パン一丁のあの男が屋上から手を振っているのが見えた。2016年の初対談から4年。「日本でいちばん屋上を愛する男」岡崎富夢の現在に迫る。

沖縄・恩納村名嘉真Villa COLORSにて  GRA代表岩佐(右)とPASIO代表岡崎富夢(左)

岩佐) 富夢ちゃんとは2016年に初めて対談をしたんだよね。その時の記事がすごいバスったんだ。あれから4年、今回は岡崎富夢のその後と題していろいろ聞きにきたよ。まず富夢ちゃんが今やっているビジネスについて教えて!

岡崎) 僕は株式会社PASIOという会社で、ラグジュアリーテラス「COLORS」を作っているんだ。ダイニングセットやジェットバスを備えた空間を一般住宅の屋上に演出して、日常生活の中で特別な時間を過ごすライフスタイルを提案している。そのビジネスを軸にして、ここ沖縄でラグジュアリーなプライベート空間を一棟借りで体験できるヴィラ「Villa COLORS」の運営もしているよ。

岩佐) 2016年はCOLORSブランドを起ち上げて間もない頃。これから走り出すぞっていうときだったね。あれから4年、どんな感じだったの?

岡崎) 大輝ちゃんと対談した2016年はまだまだ売上も小さかった。それからパートナーを開拓して、COLORSの販売を伸ばしていったんだ。今はCOLORSのほかに、工務店の経営者に対して、会議の回し方から経営戦略まで僕のMBAスキルをつぎ込むようなエデュケーションビジネスもやっているんだ。
なんでやっているかっていうと、建設業界は経営リテラシーがものすごく低い業界なんだよね。MBAを持っている工務店の人とかゼネコンの人なんてほとんどいない。職人が活躍する世界だから、「ごちゃごちゃ言わず現場命」みたいな文化がある。要するに、経営的に一番遅れている業界だと思うんだよね。だから僕は、教育サービス事業を通して、建設業界の経営,マーケティングレベルを上げるサポートをしてる。それと同時に、この教育サービス事業を通してパートナーシップを結んだ若い社長さんたちが、COLORSの目指すライフスタイルに賛同して自分たちのモデルハウスに製品を取り入れる形でCOLORSを広めていってくれたんだ。そうやって販路を開拓して、COLORS事業も成長していった。

沖縄・恩納村名嘉真Villa COLORSにて

岩佐) なるほど。工務店の社長さんたちは単に経営教育のお客さんじゃなくて、ビジネスパートナーでもあるんだね。

岡崎) そう。これが大手家具販売店と違うポイントなんだ。彼らはアウトドア用ソファーとかテーブルをお客さんに直販しようとするけど、そもそも普通の家にはそんな家具置く場所がないよね。だから僕は工務店さんと組んで、家具を置く場所を家の一部として作っちゃうの。普通こういう場所をつくろうと思ったら、建てた家に自分たちで買った家具を置いたり、内装を作り変えたりしなくちゃいけない。そうじゃなくて、仕様、家具、加工までパッケージとしてデザインして住む人に提供するんだ。住宅ローンに組み込めば月々1万円しない価格で誰もがラグジュアリー空間を手にできる。場所の創造と同時にファイナンスの創造もしないと売れないんだよね。これが外家具のシェアNo1になった理由。
もう一つ大事なのは、やっぱり工務店さんの熱意なんだ。COLORSはジャグジーとか家具とか全部含めると、実は家のどの部分よりも原価が高い。そんな高いものを家の一部に組み込むっていうのを決めるのは、工務店の社長さんなんだよね。こういうものに価値を感じ、ライフスタイルに共感してくれて、自分たちのモデルハウスに入れて売るぞって決めてくれる。こんなすごい営業は他にないよ。営業マンを抱えて売りこむんじゃなくて、同じ思いをもった社長さんとつながることが最強の営業になるんだ。

沖縄・恩納村名嘉真Villa COLORSにて テラスで風を感じながら浸かるジャグジー「sky bath」は最高だ

岩佐) そうなんだ。普通の人でもこんなにステキな空間を自分の家にセットできるってすごいよね。どうしてそんな最強のコスパが実現できたの?

岡崎) 僕は各地の地場工務店さんとがっちり組んで、COLORSの施工をしてもらっているんだ。
例えば、大手ハウスメーカーって全国にショールームを持ってたりするから、手掛ける家って値段が高くつく。そんなの買える人は一部の限られた人だから、多くの人はもっとコスパの良い地場工務店に家を建ててもらうよね。だから僕が組むのも、大半が地場工務店さん。コストを抑えて、多くの人にリーチできるんだ。
それともう一つは、僕の会社は俺ともう一人の専務の2人だけでやっている。これも最強のコスパを実現するポイントかな。

岩佐) 2人しかいないの?!もっと詳しく教えて!

話を聞いていくと岡崎富夢の最強で強烈なビジネスタックパートナーの存在が明らかになってきた。語りの夜はまだまだ続いていく。

<#2 「日本でいちばん屋上を愛する男」の運命を変えたできごと に続く>

グロービス 堀 義人 (Yoshito Hori)さん主宰のG1中国四国に参加しました!


グロービス 堀 義人 (Yoshito Hori)さん主宰のG1中国四国に参加しました!
何年か前の広島に参加して以来の久しぶりの地域会議です。
今回もモデレーターとして中国・四国のすごい農業者の皆さんとご一緒しました。
G1の地域会議は現場感があって大好きです。ありがとうございました!

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プロフィール

岩佐大輝

Author:岩佐大輝

1977年、宮城県山元町生まれ。株式会社GRA代表取締役CEO。日本、インドで6つの法人のトップを務める起業家。 詳細はこちら≫

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絶対にギブアップしたくない人のための 成功する農業

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99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る

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